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何コレはつかいちWhat is Hatsukaichi

上田宗箇 岩船の水【何コレはつかいち】Ueda Soko Iwafune-no-mizu Fountain Ueda Soko Iwafune-no-mizu Fountain

広島の茶人上田宗箇流の源泉を知る観光スポット。

秀吉が愛した茶人・上田宗箇が朝夕に茶を点てた銘水

 

武将茶人・上田宗箇が、茶を点てるのに朝に夕に汲みに来たといわれる銘水。400年の時を経てもなお、変わらず清冽な水が枯れることなく湧き出ています。

茶道・上田宗箇流茶の流祖として知られる茶人であり、秀吉につかえた戦国武将・上田宗箇。数度の戦功により豊臣の姓までもらった宗箇は、その後大坂夏の陣などでも敵の猛攻を阻む大功を挙げ、徳川家康から激賞されるほど活躍。元和五年 (1619) に浅野長晟の芸州入りに従って来広すると、広島県西部一万七千石を領地としました。

晩年、家督を二代目に譲ってからは現在の廿日市・浅原に隠居し、茶の湯三昧の日々を送った宗箇。慶安3年(1650年)5月に88歳で没し、その遺骸は遺言により、大野村(旧 大野町)串山で火葬、遺骨はこれを砕いて大野瀬戸に流されました。現在廿日市市大野原には、墓石のかわりに宗箇の遺髪を埋めた塚が残っています。

武将として、そして茶人として時代を生き抜いた上田宗箇。宗箇が残した縮景園は、現在では広島市内の観光では欠かすことのできない観光名所として知られており、また上田宗箇流は、現在は第16代上田宗冏家元が受け継ぎ、世界中に茶の素晴らしさを伝えています。

「秀吉に愛された茶人」が愛した銘水で、どうぞ口をうるおしてみてくださいね。