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桜尾城址Sakuraojyosi Castle Ruins Sakuraojyosi Castle Ruins
Information
所在地 | 広島県廿日市市桜尾本町11 |
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電話 | 0829-31-5656 廿日市観光協会 |
毛利元就が攻め落とし、豊臣秀吉が立ち寄った 桜尾城の跡地
桜尾城は、承久3年(1221)頃に建てられたと言われるお城で、鎌倉時代に、幕府から厳島神主職に任命された藤原親実(ちかざね)の築城と伝えられています。現在は桜尾城址として、桂公園という名前で市民に親しまれている公園です。
残念ながら現在は城の面影はありませんが、親実の築城後、320年に渡り厳島神領の中心として君臨しました。後に豊臣秀吉も立ち寄ったといわれる、海をのぞむ城・桜尾城は、本丸、二の丸、東の丸などの郭(くるわ)まである立派なお城だったそうです。
現在では120本の桜が咲き誇る静かな公園として市民に親しまれており、穴場の花見スポットとして知られています。
承久3年(1221)頃 | 厳島神主 藤原親実築城 |
天文10年(1541) | 大内義隆(おおうちよしたか)に攻め入られ落城、大内家が城番となる。 |
天文20年(1551) | 大内義隆が家臣の陶晴賢(すえはるかた)に謀殺される |
天文23年(1554) | 毛利元就が城を攻略して入り、桂元澄(かつらもとずみ)を城主とする |
弘治元年(1555) | 厳島合戦で毛利軍の本陣となり、陶晴賢を敗った毛利元就が凱旋式、晴賢の首実検を行う。 |
天正10年(1582) | 毛利輝元が厳島神社の神宝を海賊衆より保護するため、桜尾城内に移す。 |
天正15年(1587) | 豊臣秀吉が九州出征の途中、桜尾城に着陣。本丸、二の丸、東の丸などの郭(くるわ)があったという。 |
大正元年(1912) | 桂元澄の嫡孫である公爵・桂太郎が寄贈。 |
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