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史跡・神社・仏閣Historical landmarks/ Shrines/ Temples

宮川甲斐守腹切岩Miyakawakaimori Harakiri-iwa Rock Miyakawakaimori Harakiri-iwa Rock

厳島合戦の前哨戦 毛利元就が奇襲をしかけた戦いの武将

 

織田信長の桶狭間の戦い・北条対上杉の河越城の戦いと並び、三大奇襲戦の一つと呼ばれている、厳島の戦い。

宮島全体を戦場とした壮絶な戦いは、容姿端麗であったとして知られる戦国武将、陶晴賢(すえはるかた)が、主君・大内義隆に反旗を翻し謀反を起こしたことが発端です。義隆と盟友関係にあった毛利元就は、晴賢に兵を向けることを決め、圧倒的に優勢な陶軍に対し奇襲戦を計画。天文23年(1554)に、現在の廿日市市にあった折敷畑山で、毛利氏と陶氏が、陶晴賢の謀反後初めて、厳島合戦の前哨戦とも言える戦いを繰り広げることになりました。結果、毛利軍の奇襲によって陶軍は総崩れ。

陶軍の武将・宮川甲斐守房長は駿馬に乗って山路三里を逃げましたが、討たれて命を落としたのだそう。

後世、この地で命を落とした宮川甲斐守を憐れんだ里の人たちが、この大きな岩を腹切岩と呼ぶようになったのだといいます。この腹切岩、なんとも迫力のある岩なので、血なまぐさい由来があると言われるのも、わかる気がするかもしれません。

広島の戦国武将といえば、真っ先に名前が出る毛利元就。宮島も含め、廿日市にも多くのゆかりの場所があるので、広島・歴史の旅をする時には、ぜひ巡ってみてくださいね。