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史跡・神社・仏閣Historical landmarks/ Shrines/ Temples

津和野街道Tsuwano Kaido Way Tsuwano Kaido Way

広島の歴史を物語る津和野街道は、歩ける観光スポット。

隠れキリシタンの歴史も 津和野と廿日市を結んだ津和野街道

 

島根県の津和野から山を超え、広島県の廿日市まで、江戸時代に津和野藩が参勤交代を行うために利用していた歴史ある道、津和野街道。幕末に長崎で起こったキリシタン弾圧の歴史とも、つながりが深い街道でもあります。

距離は約77キロ、佐伯エリア栗栖から山に入り、悪谷、 中道を横切って生山峠に至るこの街道は、津和野藩が参勤交代のため江戸に出仕する際、廿日市の海側を通る西国街道へと至る脇道として利用されていました。また、当時から特産であった津和野の和紙を運んだり、宮島・厳島神社などへの参拝へ向かうものが通ったりと、江戸時代の山陰と山陽をつなぐ、大切な街道だったのです。

さて、長崎と天草地方の隠れキリシタンに関する遺産が、世界文化遺産として認定されたのは記憶に新しいのではないでしょうか。慶応3年(1867年)、幕府は長崎の浦上村で、信仰を禁止したキリスト教の信徒を多数発見。大規模なキリスト教弾圧を開始します。捕らえられた信徒たちは長崎から船で廿日市の津和野藩御船屋敷へ、その後、90キロにも渡って歩かされ、光琳寺というお寺(現在の乙女峠)に幽閉されました。厳しい拷問によって、多くの殉教者が出たと伝えられています。

この時に信徒たちが歩いた道が、この津和野街道でした。信仰のために流配(捕らえた信者たちを他の土地に移動させること)という苦難をたどることとなった殉教者や信者たちを偲び、津和野街道には今もカトリックの信者たちが巡礼に訪れているのです。

国道30号線より186号線へ合流する道を少し入った場所には、 雨水で道がいたむのを防ぐため敷いた石だたみが残されており、 古く津和野街道の名残を偲ばせています。

地元の小学生たちが、歴史と自然について学ぶために訪れることも多いという津和野街道。街道が交わる道から周辺の羅漢峡やスパ羅漢、小瀬川温泉などに回れることもあり、トレッキングや登山ルートとしても知られています。苔むした石畳が残す歴史の記憶を踏みしめながら、美しい森を進むトレッキングや登山は、いつもとはまた違う風情を感じられるはずです。

県外から観光に来た方が広島の歴史を感じる場所というと、毛利元就と陶晴賢が厳島合戦で戦った宮島がまっさきに思い浮かぶかもしれません。この記事を読んで興味をもったら、当時の街道の面影を残す津和野街道にも、ぜひ足をのばしてみてくださいね。